飛び地(渋々演劇論)

渋革まろんの「トマソン」活動・批評活動の記録。

等価空間の出現/ヌトミック『Saturday Balloon』

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ヌトミック『Saturday Balloon』

日程:

2017年2月17日(金)〜19日(日)

会場
BankART Studio NYK 1F kawamata hall

脚本・演出:額田大志

出演:宇都有里紗、鈴木健太、平吹敦史、藤井祐希、藤倉めぐみ、深澤しほ

ヌトミック — English ・・・・・・・・・・・・・・・ Saturday Balloon...


早速だが、まずはおさらいをしよう。
(読むのが面倒であれば、飛ばしてもらってもかまわない)

前作『ジュガドノッカペラテ』は俳優の主体が徹底的に排除される剥き出しの環境管理型権力が前面化し、逆から言うと他者が徹底的に隠蔽される構造になっていた。「音の演劇」と標榜されていたように、最初から音楽が予定されているならば、わたしではないあなたはいらない。相手がいてもいなくても、相手が音を出すマシーンであったとしてもわたしに何の影響も与えないからだ。他者が予定されていないのだから、言葉はすべてモノローグになる。それどころか自らの身体も予定されていなければ、演劇的に言えば、言葉はすべて台本の棒読みと変わらない。にも関わらず、音の生み出すグルーヴは時間進行を管理統制し、あたかも時間が進行しているように見える。主体の現れが徹底的に排除されつつも音楽の時間に劇の進行が仮託されることで、あたかも管理するものはいないかのような表情で俳優の主体性がどこまでも管理され、表に出ないよう自然に抑えつけられる。これが前作『ジュガドノッカペラテ』に対する僕の分析だった。

そして今日、横浜にあるBankART Studioという劇場で、ヌトミック『Saturday Balloon』を見た。

戯曲はミキサーにかけられてグチャグチャ

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出典:Space | BankART1929

Bank Art Studioは折り重なるスノコ状の木枠が壁一面を覆っているせいか、中に入ると鳥の巣に入ったような気分になる。対して、床はコンクリート打ちっぱなしの硬質な表情で、外部が内部に織り込まれたように、中へ入ったのに外へ出たかのような体感を与える。こうしたフィジカルに強く作用するサイトスペシフィックな場所を活かして、舞台美術といえるようなものは置かれず、砂鉄の(だから黒い、爆薬の粉にも見えるような)砂で描かれたサークルが舞台に五つ描かれてあるだけ。サークルの大きさはそれぞれ違い、完全な円形ではなく少し歪んでいる。

暗転のような切断を置くことなく、男優と女優が一人ずつ右手の袖から出てくると、描かれたサークルの中に入り「おはよう」「おはようございます」のやりとりがリフレインされる。繰り返し繰り返し、多彩な声色や音域が使われ、まるでラジオのチューニングがされるように二人は「おはよう」を交わす。

パンフレットに掲載された「戯曲全文」を読むと、どうやら銀座に開店した100円ショップを舞台にしたお話らしい。お話といっても、オープン日・一ヶ月後・三ヶ月後、と切り取られた短い日常スケッチに近く、起承転結もない。しかしそんなことは上演にあまり影響なく、わずか二ページばかりのスケッチは見る影もなく引き裂かれミキサーで粉々にされたようにかき混ぜられる。戯曲の言葉は、短縮、置換、接木、反復、省略されることで語のフラグメントに解体されていく。言葉だけではない。リニアな時間を構成していたシークエンスも分解され、何度も反復されることもあれば、一瞬だけ姿を見せて消えることもある。そのままやれば五分で終わりそうな戯曲は、こうして1時間以上のヌトミック時間に変貌を遂げる。

この上演に立ち会っている最中、本当にいくつもの疑問がわいてきた。

この形式によってしか開示されないような現実はあるのか? 物語の時間どころでなくて、リニアな時間そのものが解体されているのは、なにか良い効果を生んでいるだろうか? なぜ解体されねばならないのか? その根拠はなんだろう。前作に比べて関係性が導入されたな、身体性も導入された。何故そう見えるのだろう。そのことで何かが確実に変わっている。何が変わっているのだろう。

こうしたことに思考を巡らせる時に、物語分析やキャラクター分析はまったく役に立たない。その役に立たなさに、なぜヌトミックが純粋な音楽形式にではなく演劇にこだわるのか、その理由が隠されているように思う。もちろん、上演形式がそのまま内容であるモダニズムのコンテクストを踏んでいるとはいえ、形式美学に還元されない次元が確かにある(逆にないなら大した作品じゃない)。

演劇だからできる音楽?


注目したいのは、キャッチコピーが変わったこと。些細なことのように思えるが、多分、ヌトミックのキャッチコピーはそのまま上演コンセプトを示している。前作では「演劇の音から音の演劇へ」を標榜していたのが、今回は「演劇だからできる音楽」を唱える。音で演劇を作るのではなくて、演劇という媒体によって可能な音楽を作るんだ、ということ。事情はちょうど逆さまになる。

20世紀初頭は諸ジャンルが音楽に憧れた時期だった。音楽のような絵画や音楽のような舞台を創出することに躍起となった。

しかし、カンディンスキーの絵画に僕たちは音楽を見るかもしれないが、だからといって実際に音を聞くわけではない。フルクサスのインストラクションのスコアから、僕たちは音楽を体験するかもしれないが、実際に音を聞く……こともあるかもしれないけれど、そうでないものもある。では、僕たちは何を音楽だと言っているのだろう。

その問いの答えを僕が用意することはできないし、その能力もないのだけど、「演劇だからできる音楽」を企てるヌトミックの作品が、実際に音を聞くわけではない音楽を聴く、あるいは見る、あるいは体験する音楽を志向しているとは言えると思う。それはどんな音楽だったのか。この問いには、答えることができる。

それは、生活の音楽である。
『Saturday Balloon』は、生活が鳴っていることをわたしたちに告げ知らせる。

等価空間の出現

100円ショップには(最近はそうでもないが)何でも100円で売っている。あらゆるものがと言ってもいいくらい、パンツも、ガムテープも、ハサミも、風呂桶も、洗剤も、ビニール傘も、自転車のライトだって売っている。見方を変えれば、100円ショップの棚に並べられた途端、すべてのものは100円に圧縮される。この圧縮の操作が100円ショップの可能性の条件であり、ヌトミックの俳優たちの言葉が、すべて音に圧縮されることとパラレルな関係にある。

抽象化されてはいるが、商品をスキャンして横に置くような身振りをしながら108円108円108円……と言い続ける女性の存在はとても象徴的だ。すべてのものは等価な108円として処理され続けるが、ヌトミックの音楽的アプローチも同じようにすべての言葉を等価な音として処理し続ける。ヌトミック変換器が間に挟まった途端、俳優の言葉はすべて等価な100円に圧縮されてしまう。

等価なものへの圧縮操作は、それだけではポジティブにもネガティブにも提示されるわけではない。しかし技法と物語の重ね合わせは、次のような問いかけを観客に投げかける。〈等価なものの積み重ね〉によって、〈非−等価な価値〉へ到達できるのだろうか?

この等価性を積み重ねるように、舞台には、社長と社員とアルバイトの価値はみんな同じであることが言われ、社員教育のようにみんなで一斉に「いらっしゃいませ」を復唱し、ある女は「わたしは○○さんのようになりたい」と、そのひとの真似をして(利き手じゃないのに)左手で領収書を書く。リミックスされ反復されるシークエンスも、まったく同じように反復される等価な日常を暗示する。この100円ショップでは、それぞれの人がまったく等価であり、商品もまったく等価であり、対応するように言葉の音もまったく等価値なものとして扱われ、結果、舞台には極限的な「等価空間」が出現する。

〈わたし/わたしたち〉

なぜ本作では「リニアな時間」が破産していたのか、その理由は「等価空間」の出現にある。リニアな時間は、過去と現在と未来が一応区別され、時にわたしたちは、もう戻れない過去を悔やんだり、まだ見ぬ未来に胸を膨らませたり出来る。しかし100円ショップの等価空間では、そうした意味付けが禁じられる。過去と未来の区別は融解し、それどころか、わたしとあなたの区別も、意味と非-意味(つまり音)もすべて同じように区別なく〈これ〉になる。〈これ〉はいくら集まっても〈これ〉としか言いようがない。劇の中盤で、「明日は良い日だと良いですね」という男の願望は絶対にかなわない。100円ショップには、昨日も今日も明日もないからだ。ここでは時間が流れない。

すると、とても興味深い現象が起こる。

例えば、ぼくたちが「主体」と名指している、〈わたし〉と〈あなた〉のあいだに境界線を引く「まとまり」。すべてが等価に〈これ〉へならされると、わたしは確かに身体を持ってここにいるにもかかわらず〈わたしたち〉と半分同一化してしまう。なぜなら、わたしもあなたも〈これ〉であることに変わりはなく、その意味では、同じ〈わたし/わたしたち〉であるのだから。

奇妙に思えるかもしれない。しかし出現する等価空間に触れることで、〈わたし/わたしたち〉であるような場面は、かなりオーソドックスで日常的な出来事であったことに、ぼくたちは気付かされる。確かに会社へ出社し朝礼をするさなか、ぼくたちは〈わたし/わたしたち〉であるし、コンビニのバイトで「いらっしゃいませー」と言うのは、別にわたしじゃなくても良い、それは〈わたしたち〉の一部が露出しているに過ぎないし、誰かがいじられキャラに認定されるようなごくありふれた場面でも、「いじる―いじられる」関係があるだけで〈わたし〉は〈わたしたち〉の思惑どおりに動かされる操り人形みたいなもの。政治的な場面でも、自民党の議員は自民党の「党是」を体現する〈わたし/わたしたち〉としてしか現れることが出来ない。

これら自身の生活を紐解けば幾千と出てくるであろうシチュエーションを根底で支えるのが、すべての異他性が圧縮され等価な〈これ〉へと還元する空間、等価空間である。ヌトミックはありふれた100円ショップという日常的空間を素材に、上演レベルの等価性を徹底的に突き詰めることで、実は知っているのに見えていない現実の様相を暴露する*1

演劇=音楽の魔術的位相

「等価空間」のどこが「生活の音楽」なのか、と人は訝しむだろうか。しかし、これこそが資本主義下の生活そのものであり、ポストモダンを土台にした都市的生の実質そのものであることに、疑問をはさむ余地はない。等価空間のもとで生活は確かにこのように鳴っている。あるいは、生活はそのように成ったのだ。

「おとづれる」「おとなふ」と言ふ語は、元は音を立てると言ふ義であつた。其が訪問するの意を経て、音信すると意義分化をして来た。音を立てるが訪問するとなつたのは、まれびとなる神が叩く戸の音にばかり聯想が偏倚した為で、まれびとのする「おとづれ」が常に繰り返されたのに由るのである。
折口信夫「まれびとの歴史」
青空文庫http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/47201_37074.html

見るものの変性意識を促すフィクショナルな場がセットアップされることで、なんでもない日常の意味(いらっしゃいませー)が、その意味を保持したまま体感的な音へと変容する。マレビトの音を立てるが訪れへと転移したとは、そのような演劇的事情のありかを示している。折口の考察は、非日常的なフィクションの場が起こること、何者かが出現すること、そして音が鳴ることは、同じ一つの事態の別なる側面だったことを明らかにしている。

ぼくが感じ取った「生活の音楽」は、等価空間というフィクショナルな場の出現とともにやってくる。日常の―私たちが日々過ごす生活の―意味は体感的な音の次元へと変質する。ここで課題は、通常のドラマ演劇のように「キャラクターの内面をいかにリアルに想起させるか」といったところにはなく、「言葉そのものをいかに触知可能な音へ変質させるか」に置かれる。大昔に「コトダマ」とも言われていたであろう演劇の言葉=音の魔術的な位相とはこうしたものだったのではないか。ヌトミックが目指すべきゴールを「音の演劇」ではなく「演劇だからできる音楽」へ置くことで、そもそも演劇に内在していた音楽=演劇の所在が浮き彫りになる。

〈関係性の演劇〉が抱える巨大な無性

ヌトミックの音楽性を、地点の発語が持つ音楽性と比べてみよう。(いまは変質しているだろうが)彼らの発語は、徹底的に戯曲を解釈することで逆説的に主体意識をフラグメントの集まりへと解体する作用を狙ったものだった。言葉を語のフラグメントに解体していくところに両者の共通点が見出せる。ところが、ヌトミックにおいては、地点の上演がとにもかくにも前提にしていた主体意識そのものが、ない*2

ところで一時期、三浦基は青年団に所属していた。平田オリザと三浦基が袂を分かつのは、人間を「関係性の産物」ととらえるのか、逆に「関係性を生産する主体」ととらえるのか、の違いにあった。三浦基は主体を断片化させる発語の形式を用いることで一旦は言葉の意味を分解しつつも、語と語の衝突から新たな意味を産出し、背後に控えているであろう無意識的な次元での主体を暴露する(彼が本当−嘘のフレームに囚われるのはそれが理由だ)。一方、平田オリザ別役実が〈孤〉と呼んだ関係性の中で役割を機能させるしかできない主体―みんなの意見がわたしの意見であるかのように錯覚する主体―を、だから非−在のわたし(内野儀)を前提としたリアリズムを企てた*3。「関係性を産出するような独立した主体」なんて日本にはいないのだから、そんな主体を前提とした演劇はリアルじゃないよ、と彼は言った(とみなせる)*4。平田は三浦が前提としているような主体意識を-つまり、わたしの存在を-否認するところから自らの方法を練り上げたと言える。

だから、平田オリザの流れをくむヌトミックの演技態に主体意識が欠如しているのは、日本の現代演劇史を念頭におけば当然の帰結だった*5。三浦基の視覚からは、語の等価なフラグメントへの解体が背後に予定されているはずの〈わたし〉を露出させるように思える。しかし、平田オリザが構想した「関係性の演劇」の背後には、予定されるはずの〈わたし〉が端的に存在しない(平田がアンドロイドで俳優は置き換えられると言うのは、字義通り受け取るべきだろう)。その系譜を引き継ぐヌトミックが〈わたし〉を露呈させろうとすると、現れてくるのは巨大な無である。何しろ〈わたし〉はゲル状に溶け出して〈わたしたち〉に融解してしまっている。等価空間ではわたしを確かめようとすればするほどゲル化した〈わたしたち〉だけが確かめられ、〈わたし〉が姿を現すことは、ついにできない。

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他者?

これは大変困った問いかけだと思う。90年代にプレゼンスを高めた平田オリザの〈関係性の演劇〉を前提に現実をうつしとってみても、実は巨大な無を抱え込み続けるしか出来ないんじゃないか? もちろん彼らはそんなこと言ってないけれど、〈関係性の演劇〉の土台をむき出しにしてみせる等価空間の出現は、そのようにしか演劇を立ち上げることが出来ない〈わたし〉と〈わたしたち〉の所在を問いただす。子が親を困らせるような〈子どもの問い〉をぬトミックは投げかける。

しかしこれは、演劇業界内部の特殊な演劇形式の話ではないことに注意したい。実際、舞台となるのは100円ショップだ。これは100円ショップ化したわたしたちの現実だ。わたしたちが、どうしても現実へのリアリティを欠いているように感じられた時、そこには等価空間を媒介にした巨大な無が広がっているのである。ヌトミックはそのことを教えてくれる。少なくとも、僕はこの舞台を、そのようにしか受け取れない。

劇の終盤、一人の女が「わたし/たち」と発語し、砂鉄のサークルの縁を手で払い除けて、その境界線を壊す。彼女はサークルから脱出し、どこかへ姿を消してしまう(カーテンコールにすら現れない)。これはほとんど説明に近い猫写であるが、本作の主題を端的に示している。では、それで彼女は等価な〈わたしたち〉を抜け出すことが出来ただろうか? 〈等価なものの積み重ね〉は〈非-等価な価値〉、つまりは〈他者〉を発見できたのだろうか? *6

*1:長くなるので本文では触れないが、等価空間の出現を誘発したいくつかの効果を分析しよう。例えば、言葉の意味が「音」へと退行することも、〈わたし〉を〈わたしたち〉の〈これ〉へと同一化させる装置として機能している。こんな風に考えてみよう。「火事」は「火事!」とすることで単語ではなく意味のまとまりを持った文になる。「!」とはなにかといえば、主体意識。つまり主体意識が単語を文にする。音への分解とは、この作業をちょうど逆回しにしたようなものなので、「!」で示された主体意識がフラグメントの集まりへと解体される。また、俳優たちの衣装も、等価空間の輪郭を際立たせる。役者たちは役を演じる時に、役であることを示すためレインコートのような衣装を着る。半透明に透けたそれの意味することは二つある。第一に役者と役が半透明に入り混じりどちらとも決められない半分フィクションの位相を示すため。第二に〈わたし〉の境界線が〈店員たち=わたしたち〉と半透明に入り混じり、どちらとも決められない半分主体を示すため。舞台美術も五つのサークルが役者を孤絶させることで、その等価性を強く示していた。

*2:その違いは戯曲を徹底的に解釈する身振りを介在させる地点に対して、戯曲のコノテーションを作成するように語をバラしていくヌトミックの手法の対比から理解できる。解釈は「意味付け」を付与する主体化の技法である。地点の場合は、語単位で妄想的とも言える解釈を差し挟むことで、逆説的に主体を解体する。この「逆説」がヌトミックにはない(これはネガティブな評価ではなく、単にそうなっている)。

*3:リアリズムが社会変革を促す対話からなる劇形式だとすれば、対話の概念が成り立たない非-在のわたしによるリアリズムとは語義矛盾なのだが

*4:それは語順の問題へ巧妙にすり替えられたことに注意せよ。ここで彼は演劇がリアルじゃない理由を単に語順のレベルだけで指摘していたのではない。語順の問題と人間の主体意識の在り処は同時にちゃぶ台返しにあったのだ。

*5:ヌトミックの側から見れば、事態は真逆かも知れないが。つまり、音楽を企てていた額田がたまたま偶然平田オリザの演劇論に触れたことで、演劇プロパーから見ると「主体のない主体」としか言いようのない主体が発見された。そのあたりの事情はよく知らないが、いま筆者が強引に歴史を創作していることには注意を促したい。

*6:前作では感じられなかったヌトミックの劇形式の意味がどうして今作では体感できたのか。そのために用いられた技術的な道具立てが確かにあるのだが、あまりにもマニアックに猥雑になるし長くなるので、このレビューでは触れない。また、例えば玉城企画『戎緑地』が企てていた「多数化された演技態」との比較も、ヌトミックの演技形式の輪郭線を明確にするには有用だし、そこには確かに意味があるのだけれど、これにも触れている余裕がない。即興スケッチのルールに則って、これ以上書く時間を費やすことが出来ないので、このあたりで筆(というかパソコン)を置こうと思う。

現代演劇の罠/mooncuproof#6『ワタシタチにとって十分な時間について』

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●日時
1/13(金)~1/15(日)

●会場
十色庵
東京都北区神谷2-48-16 カミヤホワイトハウス B1F

●脚本・演出:萩谷 至史

●キャスト:
奥 綾香
坂本 華江
篠原 沙織
田口 ともみ
丹澤 美緒

〈宇宙〉に重ねる

萩谷至史脚本・演出『ワタシタチにとって十分な時間について』を見に行った。

作品は、タイトルが示すとおり、「十分な時間」について、演劇的な時空間を設計することで、その意味と感触を確かめてみようとするものだった、と思う。

上演は、私の小さな「物語の断片」が、私とは無関係に進行する「社会の時間」と重ね合わされるように編まれ、いくつかのストーリーがコラージュ的に散りばめられていく。小学校を舞台にしたストーリー、少女が女教師に恋するストーリー、街に爆撃があった前後のストーリーなどなど。そうした断片のあいだで、宇宙に広がる星々に「星座」を発見するようにして、観客が自分なりのストーリーを紡ぎ出していくことが目論まれていたように思う。*1

そうした物語の断片の中でも中心となるのが「爆撃があった前後のストーリー」で、私たちにとって「十分な時間」とは、一つに、この爆撃を如何にして受け止めるのか、を自分なりに納得するために必要な時間という意味があるだろう。だから、この作品は戯曲のレベルにおいて、明らかに3.11後を意識させるものであった。急いで付け加えるなら、ポスト・クライシスへ対応していく物語は全て3.11に対するスタンス(政治性)を背負わされる。観客は、いつでも・どこでも「そのように」見てしまう。舞台で起こる現象が常に政治的な意味へと変換されてしまうがゆえに、逆に出来事性が捨象されて無害化する逆説が生まれてしまう。*2

しかし「少女が女教師に恋をする」という個人的で小さな物語が対になるようにコンポジションされていることも見逃してはならない。そこでは「爆撃を受け止める」とは違ったレベルで「意外な恋心を受け止めるまでの十分な時間」が提示される。「小さな時間」と「大きな時間」は「受け止める」という行為を介して重ね合わされる。

違った角度から、本作の「重ね合わせ」について分析してみよう。「爆撃」というタームには、20世紀の日本に起こった歴史的な〈危機の時間〉が刻まれている。生まれる前に起こった危機、経験された危機、これから起こるかもしれない危機。リニアな時間を放棄しフラジャイルする戦略*3は、過去・現在・未来にまたがるクライシスの時間を重ね合わせる想像力のトリガーを引く。

あらゆる時間・場所が舞台上の〈いま・ここ〉に重ねられていく。どうして、そのような重ね合わせができるのか? 〈わたし〉も〈社会/世界〉も〈過去・現在・未来〉も大きな宇宙の時間からすれば、同じ一つの時間だからだ(宇宙では、過去と未来は相対的なものなので、過去であり未来である時間が矛盾なく共存する)。だから、この舞台のコアは、全てが重ね合わされていく〈宇宙的時間〉をいかにして〈いま・ここ〉に立ち上げることが出来るのか? という課題に置かれることになる。

太田省吾と〈宇宙〉の制約

そうした視点からすると、〈宇宙的時間〉を舞台へと反映させるのに、俳優の身体を規定・限定する舞台装置は邪魔になる。宇宙とは無限の広がりと無限の時間を持つのだから、それに対応するためには無限の時間と無限の空間を暗示させねばならない。実際に、本作の俳優は時空間を無根拠に移動するし、環境からの規定・限定を受けずに自由に演技を謳歌する。彼らは無限定の〈宇宙的時間〉を介在させることで、文字通り世界を軽々と飛び越えて夢を見るように〈フィクションの時間〉を幻想する。

役者は、しかし地面に立っている。床の上に、わたしたちは立つことを強制されている。重力があるからだ。いくらフィクションへ飛び立とうとしても、必ずこの忌まわしき重力は働いている。いくら重力を振り切りあらゆる時間・空間へ飛翔しようとしても、なんてことのない単なる現実に引き戻されてしまう。

太田省吾の言葉を借りよう。

頽廃とは、自己を問えなくなった、あるいは問わなくなった自己の状態を指すと言ったが、まだ深い頽廃がある。それは自己を問題にする頽廃者のそれだ。ところで、こう述べるものこそ、さらにたちの悪い、いい気な頽廃者である。そうだ。こう述べるわたしはさらに、天空へ、天空へ、だれよりも高く上昇している。

失語。

発語するためには足に錘を装備しなければならない。地上を歩けるように。ひたひたと。(『飛翔と懸垂』p.28)

自分が埋め込まれた関係性から自由であるような立場、実際に問題の渦中に立たされていないような立場、そういう安全地帯から人はそのことについて何とでも言える。「おもり」とは「なんでも言える」とイイ気になることを禁じる制約である。*4自己を問題にする自己は、結局のところ自己を晒さない。人間関係の網の目の中でもがき苦しむようには、自己が何者であるかを問題にしない。

わたしではないものによってわたしが振り回され、制約される。太田省吾の傑作『水の駅』は、壊れた水道の蛇口から流れ出る水に制約され振り回される人間の姿を描いた。そうした具体的になにごとかと関係し、振り回され、現実とわたしが鋭い緊張関係に置かれたときにこそ、人間はその人自身が何者であるのか、その正体を開示する。

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出典:『太田省吾の世界』パンフレット(DVD,京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)

太田省吾も確かに〈宇宙から見えるわたし〉の存在を問題にしたと言える。彼が繰り返し確認するように、この広大な宇宙の中で人間は塵芥に過ぎない。しかし彼は現実の時空間を飛び越えるために宇宙的時間を利用したのではなかった。それよりは宇宙的時間を具体的な「流れ落ちる一筋の水」に仮託することで、人間に襲いかかる〈宇宙の制約〉をこそ問題にした。彼の視覚からすると、〈演技〉が必要とされるのは日常では意識されない特異な制約を意識化する術だからである。

制約によって人間の存在が明かされていく―演技が必要とされる―事情を、本作は一足飛びに飛び越えてしまっているのではないか。重ね合わせの手法そのものには、一挙に人間の多数性を直感させるポテンシャルが備わっているのだが、重ね合わせが制約ではなく自由―なんでも出来る―のために用いられたとき、つねに人間を捉えて離さない〈重力〉が都合よく忘れ去られてしまうのではないか。そして、観客はそれを見抜くのではないか。なんだ、嘘じゃないか、という具合に。

スタニスラフスキーと床面

太田省吾の劇形式とはかけ離れているようにみえるリアリズムの巨匠・スタニスラフスキーの『芸術における我が生涯』から次の一節を引いてみたい。

実際問題として、私の後ろに、役者としての私の背後に最大の巨匠の筆になる後景がかかっていたとしても、俳優としての私に何の利益があろう。……彫刻家、そして一部は建築家も、前舞台にさまざまな物体や凹凸を与えてくれるので、私たちは、人間精神の生活を具象化するさいに、創造的・表現的な目的でそれらを利用することができる。……劇場の平らな床面、その何もない巨大な広場で、プロンプターボックスを前にして終始木偶のように突っ立っていなくともすむ。……彫刻家には、私たちが舞台上の生活をやる床面が必要である。(『芸術におけるわが生涯』(著:スタニスラフスキー、訳:蔵原惟人・江川卓岩波文庫、1926)下巻 p.208)

スタニスラフスキーはここで「床面」の必要を強調する。彼のリアリズムはそもそも「なんでも出来る」と思い込むナルシシズムを肥大化させた役者の演技に対抗する形で構想された。俳優が立つ「どこ」がなければ、劇場で観客に向かって己の自己表現欲求を見せびらかすしかなくなるじゃないか、という問題意識が、公開の孤独のうちに力技で「どこ」を確定させるリアリズムのジャンルを開拓した。

どうして私たちを、私たちのうちに作られるすべてのことを、私たちがそのなかに住み、人間の心理が実に強くそれに依存している、光と音と物の世界から、切りはなすことができよう? (同上、中巻p183)

太田省吾と同じようにスタニスラフスキーもまた、人間が逃れることの出来ない重力の制約を意識化するところから演劇を立ち上げていった。演劇様式の違いを超えて、20世紀の演劇は「神」から、もしくは「共同体」から切り離された人間たちが直面した〈無意味な宇宙〉にいかにして立つかを問題にしている。出力された舞台の結果は、問題に対する答え方の違いに過ぎないとも言える。

ここで詳論はできないが、宇宙的な孤独の場にいかに立つのか、という問いを震源地に、演劇は一大転換を迫られたのではないだろうか。場との関係から発展してきた演劇にとって驚異ともいうべきもので、その悪戦苦闘の軌跡が20世紀演劇の土台を形作ってきたように思う。宇宙は無限定であるがゆえに人間に〈重力〉のような制約を与えない。しかし現代演劇は「制約がないという制約」を具体的に可視化し関係することを要求されるという、とんでもない苦境に立たされた*5


そうした問題から生じた〈演技〉の形式が、単なる美学上の効果のようにみなされたとき、換言すると「宇宙的孤独」が問題ではなく単なる常態にスライドしたとき、「制約のなさ」はなんでも出来る全能空間を出現させる。宇宙の制約は、全能の宇宙に変質する。mooncuproofの舞台は、そうした現代演劇の罠の所在を体現している。

これはもちろん、批判である。批判であるが、彼らがはまっているようにみえる罠はくぐり抜けることが容易ではない、演劇の作り手であれば誰もがはまる罠である。「制約がないという制約」はすぐさま「制約がない全能感」へと反転する危うさを秘めている。そこからどう抜けていくのか(あるいは僕のパースペクティブではまったく捉えられない領域を突き進むのか)、次回作を待ちたい。

*1:僕が使う星座の比喩はベンヤミンに由来している。「星座を見つける」という喩/遊びが、とても好きなので、劇を見るときの物差しの一つになっている。

*2:90年代に流行した「PCアート」が、政治的正しさ(PC)を以て作品価値を担保しようとしていたのとは違って、「ポリティカル・ターン」以後の現代美術は、どのような内容であろうと、自動的に社会的、政治的メッセージに変換されることになる。そして、問答無用でポリティカル・コレクトネス・チェックを受けることになるのだ。http://school.genron.co.jp/gcls/

*3:「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。「弱さ」というそれ自体の特徴をもった劇的でピアニッシモな現象なのである。それは、繊細でこわれやすく、はかなくて脆弱で、あとずさりをするような異質を秘め、大半の論理から逸脱するような未知の振動体でしかないようなのに、ときに深すぎるほど大胆で、とびきり過敏な超越をあらわすものなのだ。部分でしかなく、引きちぎられた断片でしかないようなのに、ときに全体をおびやかし、総体に抵抗する透明な微細力をもっているのである。その不可解な名状しがたい奇妙な消息を求めるうちに、私の内側でひとつの感覚的な言葉が、すなわち「フラジャイル」(fragile)とか「フラジリティ」(fragility)とよばれるべき微妙な概念が注目されてきたのであった。(松岡正剛『フラジャイル 弱さからの出発』)

*4:この「おもり」はのちに「身体の工作」と呼ばれ、演劇史に大きな足跡を残した沈黙劇『水の駅』へと結実した。その意味で、太田省吾は終始一貫して制約の芸術家だった。

*5:制約なき制約を原理的な意味で可視化したのはサミュエル・ベケットゴドーを待ちながら』に出てくる一本の木だろう。別役が非常に良く説明してくれるように、一本の木は同心円状の無限定な空間を予感させるように働く。まるで四方を壁に囲まれたリアリズム空間の箱がパカリと開いて、タブラ・ラサの場が開けてくるかのように。しかし素舞台ではないことに注意しよう。素舞台は結局のところ劇場の壁を感知させるように働く。それでは箱は開かないのだ。箱を開くためには仕掛けと戦略が不可欠である。

京都芸術センター『式典』/演出:三浦基

上演データ

2010年3月27日 
京都芸術センター 講堂

演出 三浦基

式次第

開式のことば
作:門川大作京都市長
出演:石田大

祝辞

作:黒川猛(べトナムからの笑い声) 出演:山崎彬(悪い芝居)
作:柿沼昭徳(烏丸ストロークロック) 出演:田中遊(正直者の会)
作:山岡徳貴子(魚灯) 出演:広田ゆうみ(このしたやみ) 
作:山口茜(トリコ・Aプロデュース) 出演:武田暁(魚灯)   

制作室使用者代表のことば

作:土田英生(MONO)
出演:小林洋平

祝舞

片山伸吾[シテ](観世流能楽師
森田保美[笛]
吉阪一郎[小鼓]
谷口有辞[大鼓]
前川光範[大鼓]
田茂井廣道[後見]
味方團 深野貴彦 橋本忠樹 宮本茂樹[地謡

閉式のことば

作:富永茂樹(京都芸術センター館長)
出演:安部聡子

出典:式典|三浦基演出作品|アーカイブ|地点 CHITEN

 政治劇としてみる『式典』

 「申し遅れました。私が京都市長門川大作でございます。」会場にドッと笑い声。これは『式典』、「開式のあいさつ」での一場面である。京都市長門川大作を演じる俳優、石田大は舞台上をうろうろとせわしなく歩き回り、「開式のあいさつ」を舞台上に投げ出していく。俳優であるはずの石田が「門川大作でございます。」と言う「ズレ」がおかしく、笑いが起きる。立ち振る舞いや言葉の出し方もどこか滑稽に見えてくる。


京都芸術センター開設10周年を記念して催された『式典』は演劇として「式典」を上演するという前代未聞の試みだ。実際の京都市長のあいさつから、祝辞・閉式の言葉に至るまで俳優によって演じられた。

驚くべきは、京都市長のあいさつが(市長も観客席にいるのに!)笑いの対象となり、観客がその場をこともなげに受容していたということだ。「こんな場が許されるんだ!」と素朴に驚き、演劇の持つ力の一つに気づかされる。だが、この「力」とはいったい何なのだろう?

ところで、なぜこの「式典」は「演劇」として上演されねばならなかったのか? 例えば、普通に式典として開催されていたら、「開式のあいさつ」はどんな時間になっていただろう。容易に想像がつくのは、権力者による権威ある言葉を聴かねばならないという時間である。権威によって統制された時間がそこでは流れることだろう。

しかし『式典』ではそんな時間が流れてはいなかった。なぜなら、それは演劇だったから。「演じる」という行為が言葉から権威性を剥ぎ取ってしまったのだ。というのも、俳優が台詞を言うとは常に言葉を引用するという側面を持ち、「市長の言葉」にもまた引用符がつくことになるからだ。

この演劇的構造において、権威的な「市長のあいさつ」は脱権威化され、観衆はフラットな感覚で言葉を聞き届けられるようになる。そこには権威の脱権威化というズレが生じ、おかしみも生まれてくる。道化の登場だ。そして、道化の登場は同時に自由の空気を連れてくる。演劇の言葉が「引用」であるからこそ、そこには一種の無礼講的な無権力状態が出現し、権威からの自由が生まれるのである。すなわち、「~せねばならない」という権威が「引用」という方法によって遮断され、自由な時間が獲得されるのである。この時間を獲得しえたという事実こそ「式典」が演劇として上演された大きな意義だと言えよう。

したがって、『式典』とは京都市という権力に対抗する政治劇としてみることができる。それはまた、京都市に京都芸術センターが存在することの意義をも指し示すだろう。なぜなら、「この自由な時間こそ京都芸術センターに流れる時間なのだ」という宣言として読み解くことができるだろうから。京都芸術センターが10年の歳月をかけて育んだ「自由」の種は、今まさに芽吹こうとしているのかもしれない。

「戦争戯曲集」三部作(2016年版)/私たちの外側へ《私》を運ぶ

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〈戦争戯曲集・三部作〉第3部『大いなる平和』(2015年) 撮影/宮内勝
佐藤信氏に聞く──〈戦争戯曲集・三部作〉8時間完全上演 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイスより

劇場創造アカデミー6期生修了上演
エドワード・ボンド作『戦争戯曲集』三部作・完全上演
Aプロ:第一部『赤と黒と無知』(演出:佐藤信)&第二部『缶詰族』(演出:生田萬
Bプロ:第三部『大いなる平和』(パート1・2演出:佐藤信、パート3演出:生田萬
日時|2016年2月21日(日) 〜25日(木)

「戦争戯曲集」の紹介

「戦争戯曲集」三部作は、イギリスの劇作家エドワード・ボンドの描く上演時間8時間を超える大作。第一部『赤と黒と無知』、第二部『缶詰族』、第三部『大いなる平和』の相互に独立しつつも一貫して「核戦争後の世界」をあつかった戯曲からなるシリーズ。

本作が執筆された1980年台初頭は、米ソ冷戦を背景に核戦争がリアルな想像力を喚起させた時代。先制攻撃を仕掛けると自分たちも核攻撃を受けてしまい共倒れとなってしまう、相互確証破壊の抑止力が世界の均衡を保っていた。そのなかで、エドワード・ボンドは、実際に核戦争が起こったとしたら・・・そういう想像力を現実にぶつけてみることで、〈現実の世界〉の暴力性や非人間性を逆照射する。ボンドは核戦争後の世界を描き出すことで、実はすでに起こっている〈核戦争後の想像力〉が規定する現実の姿を描き出し、わたしたちに〈問い〉をもたらす。

ボンドはパレルモ大学で「もし自分の子供と他人の子どものどちらかを殺すように軍から命令が下ったとしたら、どちらの子どもを殺すか?」という究極の選択を迫るインプロを行った(パレルモインプロと呼ばれる)。参加した生徒たちの多くは、他人の子供を殺すのではなく、自分の子供を殺すように選択したという。一見したところ、常識と真逆の選択が成されたように思えるが、ボンドはそこに「人間性」の意味を見て取る。「戦争戯曲集」の第一部『赤と黒と無知』、第三部『大いなる平和』(Part1)は、実際にパレルモインプロがストーリー上に組み込まれ、そこに孕まれた〈問い〉を展開するように進む。第二部『缶詰族』は核戦争後の世界に出来たコミュニティを描く。大量の缶詰が残され食うには困らないが、なぜか子どもが生まれない「缶詰族の人びと」のところに、荒廃した荒野を渡って一人の男がやってくる。第三部『大いなる平和』(Part2,Part3)では、核戦争後の荒野を彷徨う「女」を通じて「大いなる/平和」の意味が問い直される。 

私と公共は何の関係もない

身の回りで起こっていることを超えて何かを決定することができる力、それが知性なのだろう。公共を内在化することなのだろう。公共が演じられるものだとしたら、それは半径5mを超えた世界を考慮に入れて振舞われるに違いない。だから公共は自然主義では演じられないのだ。公共が極めて反自然的なフィクションであるゆえに。

信じることのできない信念、価値がないと感じられる価値観を考慮に入れること。それが公共的であるということだ。これは全く自然に反している。非−人間的である。しかし公共とは心地良いものを受け入れず、生理的に嫌悪するものを受け入れる。知性。そうした反自然的な《知性を有した人間による共同体》を公共体と言う。

例えば右翼が多民族の受け入れを考慮に入れた愛国者でなければならず、左翼が民族の自決を考慮に入れた世界市民でなければならないような、矛盾。それを抱え持つ場。公共体である。

『戦争戯曲集』は、いま実現するとは信じられない未来、そんな振る舞いをしたとは思いたくない過去、を扱う。今、日々の生活の中で考慮の内側には入ってこない時間を扱う。公共を扱う。軍隊や兵士のことはどんなに頑張っても想像できないからやらない、と言った演劇人がどこかにいたが、彼は演劇の公共性を知らない。演劇が極めて公共的であるのは、想像し得ないものを想像する知性を必要とするからだ。彼にはそうした知性が足りないことになる。想像できないから想像するのだ。知性を働かせるのだ。

むべなるかな、こうした知性を持つことは実際、かなり特殊なことではある。私たちは日々の労働に忙殺され、何かしら今ここにないものを想像する暇もないのだから。これはわかる。僕もそうだ。第一部『赤と黒と無知』が強烈なのは、僕がいま勤しんでいる生活からは想像し得ない「問い」をリアルに感受させるからだ。兵隊として自分の家族を殺すか、隣人の家族を殺すか、なんて選択は起こりえない。起こりえないからこそ、それは演じられる必要がある、強く感じる。僕の身の回りで今、起こりようがないからこそ。

そして、それが起こりうる状況に置かれたら、もう手遅れなのだ。状況は状況から脱することを許さない(死を持つ以外)。こんな選択しか許されない状況が現に起こる前に、それを考慮に入れなければならない。いや、誤解なきように。戦争反対を叫ばねばならないと言うのではない。戯曲で語られるように、民主主義とは投票権のことではなく、知る権利なのだ。反対・賛成を言う前に、知り得ないことを知る機会を持つこと。

ハイパーリアルな現実

『缶詰族』からは、缶詰に依存することで「ごっこ」でしかありえなくなる社会、というものを感じた。それこそボードリヤールが指摘する現実のリアルをリアルだと感じられず、(例えば、理想化されたネズミであるミッキーマウスなどの)理想化された記号性にしかリアルを感じられない「ハイパーリアルな社会」そのものだろう。

戯曲の設定では「子どもがどうしても生まれない」のであるけれど、「缶詰族」の共同体では単に子どもが必要とされていなかった、のかもしれないと思う。四季のリズムは生産のリズムでもあることは、古代から引き継がれる祭祀が春を呼び込み、世界を刷新していくための儀式であったことからも明らかであるけれど、逆に言えば、生産の必要性が想像力のうちから消え失せれば、時間は止まる。永遠が始まる。そうした状況のカリカチュアなのかもしれない。そう感じられたのも、一昨年の上演が人々の宗教的とも思える共同体的な一体感から人間のアンサンブルが描かれていたのに対し、今年の上演は関係性を必要としない記号化された人間像を前面化いていたからのように思われる。関係性のアンサンブルよりも個別化されたキャラクターが際立ったために、コミュニティが崩壊し、土を耕すことに戻った人々の、土を共有することで初めて生まれる「コミュニティ」が強調された。僕たちは手を動かすことで初めて、「私にとっての現実」を学び、感知できるようになるのかもしれない。

歴史のプレゼント

昨年(2015年)の『大いなる平和』では特に後半のPart.3において、核戦争後の荒野をさまよい歩きながら、ついに救出の手が差し伸べられたにも関わらず、荒野にとどまり続ける女に、神話的な根源から私たちを見つめ続ける「女」を想像させたのだが、今年はそれが真逆になっている。女は「私たちを見つめる」それではなく、私たちが眼差さなければ風化し消え去ってしまう死者のように思えた。最後の全員で骨と化した女を見つめる演出が利いている。

今回、初めてそう思ったのだけど、荒野に残る女とコミュニティに引き入れようとする男の対話は、ある種、擬人化された未来と過去の対話のように見えて、女が「一方は黒、一方は白」と語る核戦争後の荒野の風景が、過去から逃れることの出来ない女と今から初めて学ぼうとする男にとって相貌を変える現実の比喩のように思えたのだ。ナイフは自殺する道具にもパンを切る道具にもなるんだと男が語るように、私たちの現実を作り出す「道具」を決まりきったコードに埋め込んでしまうんでなくて、常にどんな目的にも使いうることを理解することが、希望として語られているように見える。

もちろん、こう単純な図式化は出来ないというか、ボンドは意図的に(だと思うけど)複数の立場の一つに肩入れすることなく並列的に描き出しているからで、「娘」からすれば、男は荒野を体験していないがゆえに、ほんとうの意味で爆弾を作り出す道具の恐ろしさを見落としているだけなのであって、この新しいコミュニティがどうなるかはわからない。荒野に残る女は「死者たち」を忘れられない。殆ど弔いの旅をしていたように思えるその「土地」を忘れることが出来ない。一方で男は「忘れろ」と言う。この対称性のせいで、僕はずっと「歴史を忘却する愚かさ」みたいなのを実際感じていたんだけど、でも今回の上演で「女」は男との対話を通じて憑物が落ちたように、最後、とても穏やかな声を出すのだ。なにか、どちらが正しいというおとではなく、この対話のプロセスを失わないことこそ人間の強さであり、女の言葉は新世代に対して贈られる最後のプレゼントのように思えた。

 

「戦争戯曲集」情報リンク

2017年の劇場創造アカデミー「戦争戯曲集」三部作の公演情報
日時 02/20(月) 02/21(火) 02/22(水) 02/23(木) 02/24(金) 02/25()
11:30
15:30

過去の「戦争戯曲集」の記録

どうでもいい他者のリアリティ/ttu『会議体』

 

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ttu vol.7『会議体』
岸井戯曲を上演する#6 場外編
*TPAM2017フリンジ参加作品

作 岸井 ⼤輔
構成/演出 ⼭⽥ 真実

出演
大木 実奈(noyR)
大間知 賢哉
瀧腰 教寛(重力/Note)

⽇程
2017年2月11日(⼟)〜15日(⽔)

会場:
artmania cafe gallery yokohama
(〒231-0064 神奈川県横浜市中区野⽑町 3-122)

1、ttu『会議体』を見る。

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撮影:Tani Ayami

『会議体』は岸井大輔が執筆した数ページほどの〈戯曲〉。内容は、岸井が2010年(だったと思う)に都内の喫茶店で150日間、Twitterで「会議するので○○に来てください」と呟いて、そこに集まった人たちで、どんな内容でも―別れ話でも、家族との不仲でも―会議で解決する『会/議/体』というプロジェクトをもとにしたもの。プロジェクト終了2日前に突如、書き上げてしまったというテクスト。*1

実際の上演は、ttuの演出家・山田真実が2015年から「街を身体化する」ことをコンセプトに、喫茶店で聞こえてくる会話の内容をレコードして書き起こす活動がドッキングされたような内容。彼女がレコーディングした喫茶店の「会議」が時系列に沿って淡々と、まるで展示されるように上演の時間軸に並べられていく。

観客はレコードされた様々な会議が3人の俳優によって繰り広げられていくのを、ただただ見る。そしていま、ぼくは確かに上演されたはずの会議の内容がぜんぜん思い出せない。かろうじて覚えているのは、口紅を塗った男優2人が何かしらの会話をしていたことや、途中で電車の窓から見える東京(?)の光景が映写されたこと、水の張られたボールに入れらたレモンが3階に運ばれていったこと(上演会場はいわゆる劇場ではなく、非常にコンパクトな空間。はじめは2階で上演が行われ、上演中に3階に移動して、続きを見る)。類人猿の歴史が記された文庫本が読まれ、ホモ・サピエンスが肉食へと退行した種であったらしいこと。3階に移動するとコーヒーを挽いた粉を手にする女優が立っていて、その粉がパン生地みたいに床で円形に伸ばされ、島に見立てられていたこと。最後にその粉でコーヒーを入れて飲んだこと。ぼくの記憶力がすこぶる悪い可能性を念頭に置いても、しかしこの忘れ方は普通じゃない。これはどうしたことだろう?

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上演会場となった桜木町のギャラリースペース

2、没交渉のコモンセンス

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撮影:Tani Ayami

ところで、東京にいると、わたしの行為がわたしたちの社会に何の影響も与えないように思える。都市は共同体と違って明確な境界線で囲われた場を持たないからだ。共同体は、民話や伝承の形で共通の記憶のプールを持っている。それにアクセスすることは、わたしたちの物語を基盤にしたコモンセンスをもたらす。コモンセンスは共通するリアリティの場を構成し、わたしのリアリティとわたしたちのリアリティを一つのものにする。そうしたリアリティの基盤を立脚点にして、わたしの行為がわたしたちの社会にバイブレーションを起こしているのだと感じられる。

しかし、喫茶店は、複数のコモンセンスが没交渉的に折り重なりたたまれていく場である。わたしの行為は没交渉的なテーブルに切り分けられ、眼には見えるのにバイブレーションを伝播させることの出来ない多数の人達に囲まれていると感じる。それは都市的なる場の意味を象徴的に示している。

もしもわたしたちが共有された物語によって結びつき、世界の意味をコモンセンスに重ねて理解できないのだとしたら、世界は喫茶店のように現れてくる。つまり、コモンセンスがリアリティを産まない、リアリティを異にする人びとの寄せ集めとして。では都市のリアリティを、わたしたちはどのように触知することが出来るだろうか?

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ウォーホルの映像作品「エンパイア」(1964年)が明らかにしたように、カメラやレコーダーのような機械技術は、何の意味もない現実を、何の意味もないままうつしとることを可能にした*2。都市のリアリティを対象化しようとするならば、何の意味もないままうつしとるような機械技術が適している。ttuはまさに、そうした機械技術を介在させることで、都市のリアリティに光を当てる。ぼくがレコードされた会議の内容をまるっきり覚えていない理由の一端には、会話の内容がおよそ何が起こるかわからない出来事を構成することがなく、その会議に参加した人びとの正体を明かさないからだ、といえる。出来事にさらされるとき、人は正体(Who)を現す。アレントはそれを「物語」という。しかし、都市という場がリアリティを異にした正体不明な人びとの寄せ集めであるならば、正体を明かす物語という記憶装置を必要としない。だからぼくも会話の内容を記憶することが出来ない。会議で彼が何を喋っていたかなんて言うことは、僕にとってはリアリティを産まない、まったくどうでもいいことだからだ。実際、喫茶店で行われているであろう会話の断片を記憶にとどめようなんて、しないだろう。

しかし、山田真実はそれをした。

3、どうでもいい他者への通行路

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※上演とはまったく関係のない、皇居の前を通りかかったので、撮影した皇居の空。


なぜそんなことをしようとしたのか、ぼくにはわからないが、少なくとも、彼女の企てが正体不明な人々からなる都市のリアリティに光を当て、さらには、まったくどうでもいいように思われる他者の意味に耳を澄ませたことには、大きな意味がある。

思うに、喫茶店はアナクロTwitterである。それぞれのテーブルはおよそ交渉が不可能なほどに隔たっているかもしれないが、その間に大きなテーブルが用意されることで、散りばめられたリアリティの寄せ集めから、星々のあいだに星座が発見されるように何らかのリアリティが発見されるかもしれない。

ttuの『会議体』は、収集された多数の会議を大きなテーブルの上にのせる。ぼくがかろうじて覚えていた上演の時間は、多数の会議がその多数性を保ったままに関係し合う光源を示していたのではないか。多数の会議のあいだに関係はないが、そこに一つの光を当てることで、どうでもいいように思える内容が、どうでもいいような質を保ったままで(だから正体不明のままで)記憶される出来事へと変換される。これはドキュメンタリー演劇のように注目されるべき現実の出来事を指し示すこともなければ、自然主義演劇のように、世界を意味的に構成することもない。そうした企てからはこぼれ落ちてしまう、抑圧された都市のノイズ的な位相である。

都市は確かにノイジーな群衆のようである。機械技術によってうつしとられたノイズを出来事に変換する編集装置を介して、こうしたリアリティをすくい取ろうとした結果がttuの『会議体』に結実したのかもしれない。この企てが果たして成功しているかどうかはわからない。レモンやら何やらが〈会議群〉にどのような光を当てるかは、それこそ人によるのかもしれない。しかし、どうでもいいように感じられる異なるリアリティとのあいだへ通行路を敷く試みなしに、〈演劇〉の醍醐味も生まれないだろう。

(渋革まろん

*1:岸井さんが登壇したアフタートークの内容から僕が推測したものなので、誤りがあるかもしれないが

*2:ウジェーヌ・アジェが20世紀初頭のパリの街頭を映した写真を思い出してもらっても良い

ドクトペッパズ『うしのし』

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日時:
2017年2月11日(土)~12(日)

場所:
東京都北区文化芸術活動拠点ココキタ
3F ドクトペッパズスタジオ









 
 

大人の「ごっこ遊び」

ドクトペッパズ『うしのし』を見た。
 
ココキタは元小学校であった建物を改修した文化施設。ドクトペッパズも教室のような一室をレジデンススペースとして利用している。上演は、このスペースで行われた。
『うしのし』はうしの「死」をめぐってお爺さんが旅をする人形劇。かわいがっていた牛(はなこ?)がある朝、死んでいた。そこから物語は始まり、お爺さんは牛の姿に誘われて死後の世界(というより三途の川がある生と死の境目)を旅する。最後には、牛と分かれて、一人歩く。
 
単純な物語に比べて、用いられる舞台の仕掛けは多数に渡りとても込み入っている。彼らの特徴とも言える「ありものを組み合わせる」ブリコラージュの技法と、子どもの遊びの延長のように展開される遊戯的な時空間の組み立ては、日常的なものをポエジカルな要素へと変容させる「見立ての美学」を出現させる。
 
例えば、エンデ作『モモ』の子どもたちは、何もない空き地を想像力の力を使って様々な世界に変容させる。想像力のトリガーになるのは、「見立て」のごっこ遊びだ。そうした想像力がドクトペッパズが設える空間に演劇的な楽しみを呼び込んでくる。
 
客席は二面に別れ、そのあいだに挟まれるように黒いゴミ袋を開いてつなげたのであろうビニールが床いっぱいに敷かれる。右手と左手にはそれこそ人形劇によくある幅3メートルほどのプロセニアム型の台座が向かい合うように据えられる。上演がはじまると、牛とお爺さんの人形が教室の扉からトコトコと出てきて、左手から右手の台座にかけて一本の道のように布がかけられ、彼らはやはりトコトコと歩く。
 
そこで使われるビニール一つとっても、彼らの遊戯的な想像力はいかんなく発揮されている。床に敷かれたビニールは話の進行とともに何度も剥がされ、次々と別の表情を持った床面が現れる。
 
牛が死んだ後の場面では、床面の黒いビニールが剥がされ、白いビニールが現れる。牛を探してそのまっさらな大地をうろつくお爺さん。そしてこのビニールがまた剥がされると、今度は緑や黄色やピンクといったカラフルな色彩が重なり合う、天国のような風景が現れる。お爺さんは牛と出会うのだけれど、ビニールの下から扇風機かなにかで風が送られてビニールが勢い良く波打ち、お爺さんはよたよた。
 
見つけた牛をまくらに(?)に眠るお爺さんの夢を示すように、左手のプロセニアムにはビニールがはられ、そのうしろで牛の形をした赤青黄色などなどのビニールが舞う。ものに光を当てると影ができる。ビニールを光源に近づけると牛は大きくなり色彩が強調され、光源から離すと黒い影になる。こういう効果を使ってエキセントリックな映像を見ているようなシーンを作り出す。その後も、床のビニールが今度は大津波が起こったかのようにお爺さんを巻き込みくるんでいったり、布団乾燥機でビニールの袋に空気を送り込むと、それが牛の形に造形されていったり、驚いたのはプロセニアムの上部の枠からサランラップを取り出すみたいにビニールが取り出され突如として天井が出来た、さらに天井に実はイルミネーションライトが散りばめられ夜空に輝く星星のようにピカピカ光る。
 
ぼくは光とビニールを使ってエキセントリックな画面が作られる様に象徴的だと思うが、「あれ、こんなことも出来るんじゃない?」という言ってみれば他愛もない、しかし「手で発見されている」演劇的な要素に新鮮な子どもの感覚を思い起こす。手作り感のある舞台セットが「未完成なもの」と感じさせないのは、そうした子どもの視点が織り込まれた遊戯的な時間が、この舞台の本質を象っているからだと思う。
 
ここで触れたもの以外にも、気づいてみれば些細なことで「プロフェッショナル」を感じさせはしないのだが、ビニールをパっとスクリーンのように貼りたい時にどうするか? という問題に対して、「ビニールとプロセニアムにあらかじめマグネットを取り付けて貼る」という(ぼくにとっては)意外なというか小気味の良い仕掛けの作り方がなぜだか楽しい。そうした「ごっこ遊び」の延長線上にある演劇的な手触りがドクトペッパズの真骨頂のように思う。
 
最後に付言しておくと、『うしのし』は『へそのお』や『ダンボーレ』といった諸作品の経験がそこかしかに散りばめられているのがわかる。彼らの作品を作品単体としてよりも、そうしたクリエイションによって遊び道具が豊かにストックされた「おもちゃ箱」の製作活動のように見てみると、その活動の意義がよりよく理解されるかもしれない。

ドリフトするマレビトたち/玉城企画『戎緑地』観劇スケッチ

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2017年2月2日(木)~5日(日)
東京都 アトリエ春風舎

作・演出:玉城大祐
出演:岩井由紀子、中藤奨、永山由里恵、横田僚平 

   

1、京都⇔東京は夜行バスで3,500円

 のっけから自分の話をします。
 
僕はもともと京都に居て、その前は北海道に居てそれから京都に来たのだけれど、しかしとにかく7年ほど京都に居て、演劇活動なんてものをしながら日々を過ごしていたのだが、玉城企画演出の玉城大祐氏(以下、敬称略)も同郷の士である。彼もまた京都で演劇活動を、といってもライブハウスを根城にポストドラマ演劇に傾倒していたようだけど、とにかくそういうことをしていて、聞くと劇作家・演出家の市川タロ(東京では誰も知らないかもしれないが、才能ある劇作家/演出家で京都において特異な存在です)のクリエイションに参加していたよう。
 
2015年にこまばアゴラ劇場青年団によって運営される演劇学校「無隣館」に入所するため(だと思うけれど)上京。拠点を東京にうつし、現在は青年団演出部に所属・アゴラ劇場のプログラムオフィサーも担当する。こう見ると、大変順調な若手演劇人の「とあるコース」を踏んでいるようにも見える。
 

わざわざこうしたことに触れるのは、玉城のこうした来歴が『戎緑地』という作品に大きな影を落としているように思えるからだ。『戎緑地』の背景に、京都を離れ東京へと移住した「根無し草」的な視点から見える「東京の姿」が通奏低音のように流れているのを、筆者はどうしても感じてしまう。それは同郷の士だからという事情もあるだろうし、作品を矮小化してしまう危険もなくはないのだが、そんな風に読む人もいないだろうし、ここはあえて演劇形式の分析を通じて『戎緑地』から見える〈東京〉の意味を探索してみたい。*1

 
まずは、どのような上演がなされたのかを見てみよう。  
 
 

2、こんな作品だった

 通常よりも低い位置に設えられた照明の機体群。それを「灯体」というが、野球場のナイター照明器具のような格好で剥き出しにされた灯体もあれば、天井から吊り下げられた灯体もある。そうして圧迫された空間が、まずは眼に飛び込んでくる。開場時にはすでに数人の俳優が所在なさげに舞台をうろつく。その足元は7000枚(アフタートークのあとの玉城の立ち話を小耳に挟んだだけなので、間違っているかもしれないが)の手紙が入った封筒で埋め尽くされている。アトリエ春風舎の「床」が見えない、それだからか、床を踏みしめることなくうろつく彼らの姿はどこか虚ろ。
 
上演がはじまると、俳優は無数の封筒の一つ一つを開封して、中の手紙を-実際には白紙であり俳優はセリフを覚えて発話しているのだが-読んでいく。それで舞台上の役者は「読み手」と「演者」に分かれ、演者は手紙に書かれ指定された人物をなすりつけられるように「役」をプレイし始める。
 
通常の「演劇」からすると奇妙に思えるこうした形式はなかなかイメージしにくいかもしれないので、図式化してみると次のようになる。
 
役者A[手紙を読む]→役者B[手紙に書かれた人物になる]
 
では、手紙の内容はどんなものか。少し長くなるが手紙の「読み手」が発話する冒頭のセリフを戯曲から引用しよう。
 

右手に大きなタコを模した滑り台がある。子どもが二人、そこで遊んでいる。左手には池。池と言っても水は少なく沼に近い。大人の胸の位置程の高さの柵で覆われていて入る事はできない。「ここに大きなシジミが住んでいる」、以前、この緑地に住む誰かからそんな話を聞いた。・・・ ふと、足元に文庫本が一冊落ちているのを見つける。カバーが外されいかにも文庫本然としたその本に手を伸ばす。本は朝霜に濡れていた。・・・ この緑地は広い。私はいまだ役目を終えていないこの手紙達を、ここに住む宛先不定者たちに配らなければいけない。*2

 
こんな風に、セリフというよりは小説のような文体で「私から見えた風景」と「私が感じたり思ったりした内面」が描写される。*3だから、手紙には「誰かの視覚から開かれた世界」が書き込まれていると言えて、その「誰か」をトレースさせるようにして手紙が読まれ、相手方は実際にその人物になったかのように行為しだすのである。

同時に観客は、どこか朗読を聞いているような感覚で持って、言葉が指し示す風景と、登場人物の内面をイメージするように仕向けられ、広大な緑地を彷徨う人々が残したのかもしれない手紙の数々を聞きながら、まるで小説を脳内で立体化し劇場空間に重ねて見るように緑地で起こっている出来事や緑地に住む人々の生態系をつぶさに観察して《見る》ことになる。

 

3、手紙は何を意味するか?

物語は「宛先不定者たちに手紙を配る」一人の女を中心に「緑地を這いずる男」や「失踪した夫に手紙を届けようとする女」そして「沼地に住むシジミ」といった複数のエピソードが配されるのだが、この「手紙」は上演形式のレベルにおいても、物語のレベルにおいても重要な役割を果たしている。筆者が『戎緑地』を厄介だなと感じるのは、「手紙」が様々なレベルで多層的な暗喩の系をはらんでおり、多様な読解を呼び込んでいくからだ。それをどう受け止めていいのだろうと思案しつつも、まず一般的に「手紙」が、次のような形式を持っていることを確認してみたい。
 
① 送り手→手紙→受け手
 
手紙は宛名と宛先がなければ届かないので、
 
② 送り手→手紙→宛先=宛名
 
となる。そして『戎緑地』では、こういう手紙の形式が「上演形式」に転用される。それは一体どんなメカニズムで転用されるのか。まず当たり前だが、手紙は宛先へ向けて届けられる。もちろん実際の上演の中で手紙が配達されるわけではないけれど、手紙がAという役者からBという役者ヘ向けて読まれるというのは、Bという役者の身体へ向けて「手紙を届ける」ことの比喩になっていると見ることは出来るだろう。
 
また、手紙には〈私〉が何をしたかとか、何を思ったかとか、何を見たかとか、そういう〈私〉を記述する言葉が書き込まれている。この〈私〉だって「ハムレット」とか「オフィーリア」とか何らかの名前は持っているだろうから、結局のところ、手紙の言葉を届けられる役者Bは、「ハムレット」とか「オフィーリア」という「役名」を届けられている、ということになる。まとめると・・・ 
 
③ 送り手(役者)→手紙(私を記述する言葉)→ 宛先(身体)=宛名(役名)
 
のようになる。さらに「私を記述する言葉」を圧縮してみたい。つまるところ手紙の「私を記述する言葉」とは「彼がどんな人か」を説明する言葉、いうなればゲームの説明書にのってる「キャラクター紹介」がセリフになってるようなものだ。また「役名」とはキャラクターにとっての〈私〉の意味なので、
 
③’ 送り手(役者)→手紙(キャラクター)→ 宛先(身体)=宛名(私)
 
としてみよう。どうだろうか、わかりにくいだろうか。
しかし、『戎緑地』では、「キャラクターを○○さんの身体へ届ける=〈私〉にする」という役が生まれるメカニズムそのものが、「手紙を届ける」という行為に仮託されて上演形式になっているのであって、実際にやっていることは結構ややこしいのだ。
 
だから、「手紙を届ける」行為を「劇中劇」の構造を持ったメタシアターの暗喩であるとみなせば、
 
④ 送り手(劇作家)→手紙(戯曲)→[宛先+宛名]=役
 
パラフレーズしてみせることも出来るだろう。*4稽古のはじめに台本が手渡されて、「あなたはAさんの役ね」「あなたはBさんの役ね」と役が割り振られるようなものだ。それが舞台上で観客の眼前でもって展開されている、とも言える。
 
ところで、ジャン・ジュネの戯曲『女中たち』では「演劇内で演劇構造を反復してみせる」メタシアター的な「ごっこあそび」の上演形式が用いられたけれど、『戎緑地』が「手紙を届ける」で同じようなメタシアターを展開しているとしたら、筆者にとってはあまり面白いとは思えない。なぜなら、太田省吾が指摘したように『女中たち』のようなメタシアターは、結局のところ「演劇」の構造をなぞってみているだけで、むしろ「言葉で説明できる意味」に(当時の言葉で言えば「文学」に)演劇を回収してしまい、意味に回収されない〈出来事性〉が捨象されてしまう。
 
しかし、どうも『戎緑地』は物語のメタシアターではなく、上演形式のメタシアターと言える次元から、演劇の本質的性格そのものを利用して、とある〈現実〉の位相に光を当てようとしているように思えるのだ。筆者は、この〈現実〉の位相に興味がある。
 
注目すべきポイントは、フライヤーに掲載された「緑地に吸い寄せられた人々は/目的地を持たず、ひたすらに彷徨う」点にあるように思う。確かに舞台の役者たちはどこか虚ろであり、狭い舞台上をひたすらに彷徨っているようにみえる。この「彷徨う」が持つセンシティブな問題を扱うためにこそ、「手紙」の形式が用いられたのではないか? そう考えてみることで、もしかしたら上演が触れようとしている〈現実〉の位相がその正体を表すかもしれない。
 
「手紙を届ける」行為を「彷徨うこと」を触知させる仕掛けとして読解してみせること。そういう方向を睨んで「京都演劇」に内在していたある潮流に『戎緑地』をコネクトすることを試みたい。
 

4、マレビトの会の「分断された演技態」

 「手紙を届ける」行為が持つ意味に光を当てるために「マレビトの会」を主宰する劇作家・演出家である松田正隆の言葉を引用しよう。彼は2012年までの自身の活動を次のように総括している。
 
俳優がその登場人物を演じる「ドラマ演劇」に対して、いわゆる「ポストドラマ演劇」というか、俳優という「身体」と「語り」とがどんどん離れて、ずれきってしまったのが、2012年のフェスティバル/トーキョーで上演した『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』でした。俳優たちがただ、立ったまま、かつて演じた劇を想起していて、観客はその姿を眺めるだけ、という。
 
 
松田はドラマ演劇とポストドラマ演劇の対比を(演技態のあり方に引き寄せたうえで)「語りと身体の一致」と「語りと身体の分断」にみている。そしてマレビトの会では後者の「分断」を実践してきたのだと。では「分断」の手法はどういう演劇的効果を生むのか。
 
演劇は「語り」によって役者が「役」になる、つまりはAさんがBさんに「なる」ことを基本構造としている。マレビトの会はこの構造を敷衍して、「語り」と「身体」を分離することで「語り」によってある「身体」が別の何者かになるプロセスを観客と共有するような場を作る。松田が言うところのドラマ演劇では、役者はすでに「何者か」である「役」を背負って登場するため、AさんがBさんに「なる」プロセスそのものは劇が開始される前にすでに終わっているとも言えるのだが、松田は通常はすでに終わっているプロセス、すなわちAがBという「何者か」になる変容のプロセスを演劇化するのである。
 
このように「語り」と「身体」を分断する戦略から「何者かへの変容そのもの」を演劇化する演技態を松田はポストドラマ的なものとして名指す。といっても筆者はポストドラマ論を展開したいわけではないので、多義的な「ポストドラマ」という用語は用いず、松田の用いた意味に限定して「語り=言葉」と「身体」を一致させる地点からはじまるドラマ演劇の「統合された演技態」に対して、あえて分断させることでドラマがはじまる前の「何者性」を露出させる演技態を「分断された演技態」という風に言ってみたいと思う。
 

5、玉城企画の「多数化された演技態」

 以上のような認識を念頭に置くと『戎緑地』の「手紙の言葉を届けることで彼を役の人物にする」手法もまた「分断された演技態」の次元を狙ったものであることは明白だと思う。これは現代口語演劇が要求する「分人格」(平野啓一郎)によって基礎づけられた関係性の演劇とも違った、いわゆる00年代の青年団系列ではあり得なかった(筆者が知らないだけ、ということはあるのでその場合は指摘してほしい)別ジャンルの系譜を継ぐものである。「分断された演技態」からもう一度「手紙」が意味するものを展開してみよう。すると、このようになる。
 
⑤送り手(役者)→手紙(キャラクター)/ 宛先(身体) ≠ 宛名(私)
 
キャラクターと身体と〈私〉のあいだにはいる「/」、手紙と宛先と宛名の分断。統合された演技態の次元では、そもそもが「手紙を届ける」のように「手紙=言葉」と「宛先=身体」が分断されていない。初めから手紙は手元にある・・・というよりかは、手紙のように外付けHDみたいな外部化のされ方はされないで、あくまでも内部メモリのように身体に埋め込まれている。その時に〈私〉とキャラクターの結びつきは分断されることが想像もされないくらい強固であり、例えば「私は教師です」とか「私はロールキャベツ男子です」とかいう風に屈託なく意識されることだろう。
 
しかし『戎緑地』の「手紙を届ける」上演形式では「キャラクター(にする言葉)」と宛先の「身体」は初めから分断されているわけで、それが〈私〉へと統合されるとは限らない。もう屈託なく「ロールキャベツ男子です」とは思えないのだ。あくまでもそれは割り振られた「キャラクター」であるしかないことが意識される次元が露出するのである。
 
なぜかと言えば、キャラクターを割り振られた側からすればキャラクターは「誰」だからわからない〈他者〉だからだ。ただ「彼はこのようである」というキャラクター(これを「情報」と言っても良いかもしれない)だけが送り届けられる。しかし〈誰〉だかはわからない。誰だかわからないものを役者は引き受けなければならない。なぜそうしなければならないかはわからないが、とにかく手紙がたまたまこの身体に配達されたので役者は〈誰〉であるかわからない〈キャラクター〉にならなければいけないのだ。その時、⑤の形式は実際には次のようにパラフレーズされることになる。
 
⑥ 送り手(役者)→手紙(キャラクター)/ 宛先(身体) / 宛名( 誰? )
 
〈私〉は誰だ。ここで逆手にとられているのは言葉、台詞と言ってもいいのだが、それを口にした途端、彼は何の疑いもなく「キャラクター」になってしまう、そうした演劇の本質的な性格なのだ。「劇中劇」的なメタシアターとの相違点はここにある。「劇中劇」ではキャラクターと〈私〉が結びつく回路がそのまま保存されているのに対し、「手紙を届ける」の回路においては演技が必然的に要請するキャラクターと〈私〉の回路が分断される。まるで〈私〉を持たずに彷徨うゾンビを生み出すように。
 
「宛名」は常に「宛先」より多く、この言葉たちは「宛先」を求めて、私の元に届けられる。そして緑地に集まる人々は「宛名」を求め、徘徊し続ける。いつか誰かが自分を見つけてくれる。そう思いながら何処までも何処までも歩き続けるのだ。そしてこの緑地から出ていくことはない。*5
 
緑地に集まる人々が「宛名」を求めているとは、このように解されるべきだろう。つまり〈私〉を求めているのだと。しかし、送られてくる言葉は「他者=キャラクター」であり〈私〉に統合されはしないのだ。
 
だが、これでもまだ事態は正確に描写されてはいない。松田が語る「分断された演技態」の次元ではあくまでも一対一対応の「身体」と「キャラクター」が分断されていることが想定される。しかし「手紙を届ける」上演形式は、そうした一対一対応の前提それ自体を破棄する。舞台上に大量の封筒(手紙)がばらまかれていたことを思い出してみてほしい。それは大量の「キャラクター」の暗喩なのであり、大量虐殺が起こったあとのように横たわるキャラクターの一つがなぜだかわからないがたまたま偶然〈私〉へと届けられる、そうした意味が孕まれていることが示唆されている。だからこうなる。
 
⑦          →手紙(キャラクター)
        →手紙(キャラクター)→ 宛先(身体) / 宛名( 誰? )
 送り手(役者)→手紙(キャラクター)
        →手紙(キャラクター)
        →手紙(キャラクター)
         ・
         ・
         ・
 

マレビトの会(少なくとも2012年まで)が上演形式のレベルでは、あくまでも一対一対応のキャラクターと身体が分断される次元、言ってみれば「実存」の位相を開示するのに対して、「手紙を届ける」形式は、確かにキャラクターは届けられるが、たまたま偶然この身体へ届けられたというだけで、そのキャラクターは「私じゃない」。こうした多対一対応の「偶有性」の位相を開示するのだ。このような「偶有性」によって特徴づけられる演技態を〈「身体」に対して「キャラクター」が多数化される〉という含意を込めて「多数化された演技態」と呼ぼう。*6

「多数化された演技態」において前面化されるのは「何者性への問いかけ」ではなく、偶有的な世界感覚であり、これほど大量のキャラクターがばらまかれていながらたまたまなぜか〈私〉が〈コレ〉であることへの違和なのである。手紙に書かれたキャラクターを「たまたま割り振られた」としか感じられず、〈私〉そのものにすることが出来ない人々。それがゆえに、いつか誰かが〈私〉の〈本当の名〉を見つけてくれることを切望し、手紙=キャラクターを求める人々。そうした者たちが徘徊する場、自分が何者であるかを支えるアイデンティティが常に浮遊し続ける根無し草たちの住むところが「戎緑地」なのだ(Twitterで「ニュータウン」を思い起こしたという感想が散見されたのは、それがゆえだろう)。

 

6、ドリフトするマレビトたち

それでは、「手紙を届ける」上演形式によって光を当てられる〈現実〉の位相とはなんだったのか?
 
「手紙を届ける」上演形式は、キャラクターと〈私〉を分断し続ける仕掛けであり、〈統合された演技態〉の次元では隠蔽された「さまよい続ける根無し草」の現実を露出させる装置として働いていた。大量に敷き詰められた封筒(手紙)の上を所在なさげにうろつく役者たちは、とにかく「手紙」によってキャラクターになってはみるものの、どの手紙が〈私〉なのかがついにはわからず彷徨い続けることを運命づけられている者たちだった。
 
言葉が常に〈私〉に統合されない。こうした「分断された演技態」の問題は、もちろんベケット『私じゃない』を鏑矢に現代演劇が抱え込んだ問題系であるが(だから「マレビトの会」にもベケットの系譜が流れ込んでいると言わなければならないが)そうしたことには踏み込まず、当初に予告したように「手紙」の持つ意味を玉城の境遇と重ねてみることで「彷徨うことを強制する現実」とは一体何なのかを、明らかにしてみたい。
 
玉城は京都から東京へと移動した。筆者の経験上、京都から見える東京演劇は、演劇を司る〈法〉のように見える。批評家・東浩紀の登場とともに人口に膾炙した「大きな物語―小さな物語」のフレーミングを借りれば、東京とは「演劇業界そのもの」であり、そこにコネクトされることは私の演劇活動という「小さな物語」と演劇業界の目指すべき方向性である「大きな物語」をつなげてくれるように感じられる。今は(小劇場の)演劇業界そのものは「青年団」と名指されるので、少し前の「小劇場すごろく」にかわって「無隣館―青年団」のラインが、自らの演劇活動を意味づけてくれるかもしれない物語に見える(だろう)。
 

一応留保しておくのだけれど、京都での演劇活動は先が見えない。というよりは、その演劇活動を意味づけてくれる審級が存在しないため、この活動が果たして何らかの意義ある活動なのかがわからない。それだから「東京に行けばなんとかなるんじゃないか」という謎の神話も生まれるのである。これは馬鹿らしいことだろうか? 筆者はそう思わない。どのように生きるとしても、社会の総体を代表しているであろう「物語」によって私を「何者か」として意味づける「大きな物語」を求め振り回されてしまうのは、僕達の精神史に刻まれた深い傷だと思うから。*7

 
確かに、京都から見える東京(演劇)は一つの大きな塊に見えるのだ。だから、なにか自分の演劇人生に意味付けをしてくれるような「大きな物語」が存在するような「気」がする。しかし、そうして京都から東京へ移動してみた時、東京という地はどんな土地に見えるのか? その問いに『戎緑地』は―先ほどの結論の反復になるが―簡潔にこう答える。
 
大量にばらまかれたキャラクターを演じ続けながら、いつか誰かが〈本当の名〉を見つけてくれると切望するような人々が彷徨う「根無しの場」である、と。
 
これは完全に妄想なのだが、玉城の眼からは東京がそのように見えたのではないか? 手紙は、だから「彼」を何らかの役割に割り振る言葉は大量にある。しかし、それはたまたま割り振られているに過ぎないのだから〈私〉じゃなくても良い。そういう偶有性の感覚に放り込まれた時、結局のところ〈私〉の演劇活動の必然性を意味づけるような「大きな物語」など存在せず、あるのは偶然たまたま「こうなっている」としか言いようがない次元であり、無根拠なキャラクターを演じ続けながら内部に巨大な空洞を抱え続け浮遊する「根無しの生」にすぎない、と。
 
ここまで読んでくれた人がいたとしても、このオーバーラップのさせかたが牽強付会にすぎるというご批判が飛んで来るのは目に見えている。だが『戎緑地』というタイトルの「戎」は「エビスさん」であり、折口信夫によればマレビトの一種、海の向こう(常世の国)からやってくるおそるべき神でありながら、記紀神話に出てくる「蛭子(ひるこ)」とも同一視せられる神である。イザナギイザナミの二神が国産みの儀の手順を間違ったために生まれた蛭子は手足のない不具の子であったため、海に流され捨てられた。その蛭子の帰ってきたのが「えびす」である。そういう民間伝承が残っている、という。
 
だから「戎緑地」とは「マレビトの住まう緑地」であって、いや、マレビトは来訪神であるから一定の土地に定着などしないので「マレビトの住まう」は語義矛盾なのだが、しかし「戎緑地」の響きは、帰る場所を失ったマレビトの境遇を思い起こさせる。マレビトは来訪したその土地では何者でもないものである。では何者でもないが帰る場所を失った時、一体そこでどのように生きていけば良いのだろうか? ドリフト(漂う)する。マレビトはドリフトし続ける。そうする他ないだろう。「東京」とは「多数化された演技態」をドリフトするマレビトたちの寄合の場なのである。
 
そうした〈マレビトから見える世界〉を劇場空間に定着させてみるような試みが『戎緑地』だったのではないか、と思えてならない。
 

*1:実際、上演を見ている最中にはそうした連想は全くなかったのだけれど、アフタートークで玉城が「東京にいることの違和感」をかなり赤裸々に語っていたからか、その内容を補助線にして脳内で『戎緑地』の再演/再編が起こった、ということを付け加える。

*2:玉城大祐『戎緑地』より。

*3:ここで柄谷行人日本近代文学の起源』を思い浮かべるのは、多分適切なことだと思う。柄谷が内面と風景は言文一致の透明な文体によって初めて作られた(捏造された)ものだと言うように、玉城の自然主義的な筆致は、内面と風景が観客のうちで捏造されるように働きかける。ここで僕はどうしても、坪内逍遥シェイクスピアとの格闘からついには文語体から口語体への翻訳を成し遂げたように、耳で聞いて明快に理解できる意味を求めた新劇運動への回帰の匂いを嗅ぐ。匂い、とは全く明快ではないのだが、新劇からアングラへいたる演劇史的なコンテクストを念頭に置くと、例え、玉城の劇作がカフカ的なシュルレアリスム調の展開を見せたとしても、演劇についての演劇を反復してみせる自己言及的な手法によって、結局のところアングラが批判した新劇の本質を露呈させるだけではないか? 例えば、手元にたまたま「別役実の世界」に寄稿された管孝之の「あまりに方法的な―ことばの前衛・別役実」があるので、引用してみる。


「新劇の作家は、台本を、小説やエッセイや論文を書くように、不特定多数の読者に向けて書く。その台本を上演する俳優も、あくまで読者の中の一部分」であり、「書き手と読み手とは同一のコードを共有しており、こちらのことばとあちらのことばが同じ”日本語”でありながら全くちがったコードをもっていて、ひょっとすると同じ用語が全く別の心情や行為を示すことがあるかも知れないなどという危惧が、入り込んでくる余地はほとんどないのである」

言葉が観客に、それどころか俳優にも、自分自身にも通じているのかわからない、そうした言葉の意味への不信が、アングラ世代が特権的な身体性を重視した理由だった。しかし、『戎緑地』においては、言葉の意味は字義通りに俳優を動かし、字義通りに風景をイメージさせる。上演が言葉を裏切ることがないのだ。こうした言文一致が前提とされた透明な表象言語による演劇をこそ転覆させることが68年以後の小劇場演劇運動だったのではなかったか。このあとの論述を完膚なきまでに先回りしてしまうが、筆者が本稿で展開する読解は、ある程度理念化されたものであることを告白しておきたい。筆者の最大の不満は上演において「手紙が誤配される可能性が予め禁じられている」ところであり、そのための手立てがほとんど講じられていない点に尽きる。それは、太田省吾が「劇を意識化することはやさしくない」と言ったように、結局のところ「劇を意識している普通の劇」に終止してしまうように見えるのであり、「歩くこと、立つこと」それ自体がなにごとかであり得るような「直接性の場」を押し開くことがない。手紙はおよそ手紙にかかれていたとは思えない「何事か」へと身体を介して変異しなければ、「普通の劇」であることを免れ得ないのではないか。あれほど大量の手紙がばらまかれていたことの意味も単なる絵解きで終わってしまい、「あー、セリフ覚えてるよね、それは装飾だよね」と観客は見透かしてしまう。

とは言っても、太田省吾が身体を「コレであるもの」として露呈させる『水の駅』が、高度情報化社会における「複数の情報によって空洞化する身体」を批評することが敵わないのに対し、『戎緑地』はそうした「大量の情報に浮遊する身体」に触れようとしていると、筆者には思われる。だから、言葉の意味で全てが一義的に決定される(ように見える)上演のあり方は、玉城自身が実現したい位相を裏切っているように感じられるのである。

*4:近年のメタシアターの傾向については綾門優希「疑心暗鬼的メタシアター」に多くの事例が挙げられているので参考になるかもしれない。http://school.genron.co.jp/works/critics/2015/students/ayato/647/

*5:玉城大祐『戎緑地』より。

*6:東浩紀存在論的、郵便的』で展開されたクリプキデリダの対立―否定神学vs散種―を思い起こすので、そのあたりのコンテクストを引き寄せたかったのだが、筆者がこの本を誰かに貸したまま手元にないので、出来ない。

*7:だからこそあえて、そんな物語に振り回されるのは馬鹿らしいと筆者は言いたい。意味付けなんてものは必要がない。筆者自身は、東京での演劇活動を通じて、むしろ京都に内在する「意味付けなんて無視して各人てんでバラバラに活動する」あり方に演劇の可能性を見る。それを批評的にフレーミングしてみることを、なんとか足掻いてやってみたいと思っている。その方向での「足掻き」は「仕事と自事―私的なものからなる公共圏」をご参照ください。

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