飛び地(渋々演劇論)

渋革まろんの「トマソン」活動・批評活動の記録。

〈公共空間〉を仮設する―小嶋一郎/250km圏内

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※小嶋一郎コンセプトブック「コミュニケーション原論〜あるいは剥き出しの劇場へ」(2016年発行)より転載します。
 
〈公共空間〉を仮設する Ⅰ
 小嶋一郎は劇団250km圏内の演出家である。近畿大学演劇専攻に入学。西堂行人に師事した小嶋は、その過程の中でいわゆる「演劇とはこういうものだ」の固定観念を払拭させていったという。その後、杉並区の公共劇場「座・高円寺」が開設した養成所「劇場創造アカデミー」において佐藤信らに師事。社会批判と観客の意識変革を促すブレヒト的な背景を持った教育をまともに受け止めた小嶋は、小劇場演劇に散見される〈若さ〉の奔放なエネルギーやルールを犯すヤンチャさの表現へ進むことなく、社会へ介入するための創造的な手段として〈演劇を使う〉ことを学ぶ。つまり、小嶋一郎は限りなく真っ当に演劇の社会的役割を考え・表明し・実践するアクティビストたらんとしたのである。そして、あまりにも真っ当なことを発言し実践するがゆえに日本では異端者の位置に据え置かれる矛盾を体現する存在となった。
 彼が欲しているのはたったひとつのシンプルなこと、劇場を理想的な対話の場にすることだ。換言するならば、私たちにとっての他者を開示し、他者と対話をするための椅子が用意されている空間、〈公共空間〉を劇場にインストールすることである。 
 
〈公共空間〉を仮設する Ⅱ
 〈公共空間〉を劇場にインストールする理念を体現するように、京都芸術センター舞台芸術賞大賞を受賞した《日本国憲法*1は、客席が設定されず出入りは自由、「日本国憲法」を単なる音として発話する俳優たちを間近でまたは遠巻きに体験する空間を設計し、「憲法」と私たちの物理的な/意味的な距離感を可視化した。私たちの無意識に沈んでいる「日本国憲法」をもう一度〈私〉の価値観を揺るがせる他者として開示してみせること、そうすることで〈私〉にとっての憲法とは何かを問い直し、その新しい意味へ自由にアクセスできる〈公共空間〉を仮設したのである。翌年には、3.11後に生じた受け止めきれない経験に「対処できるようになるまでの時間」を〈圏内〉と名付け、俳優自身が経験した〈圏内〉での出来事を語る作品《250km圏内》*2を発表する。これもまた、3.11から生じた時空間を〈他者〉として開示する〈公共空間〉の仮設が目指されたものだった。
 つまり小嶋にとって演劇の本質は、何らかのメッセージを表現することでは決してなく、〈他者〉を開示することからなる〈公共空間〉の仮設であり、そこに小嶋の舞台芸術家としての特異性を見て取ることが出来る。
 ところで、〈公共空間〉が成立する条件は二つある。〈他者〉が開示されていること、〈対話〉の意味(方法)を知っていること、である。ここで小嶋は一つの、しかし超え難い壁にぶつかったという。〈公共空間〉の前提となる〈対話〉の思想・方法・環境を僕たちは手にすることが出来ているだろうか? この日本に〈対話〉を成立させる社会的・精神的条件はプリセットされているのだろうか? もしかしたら、端的に存在していないのではないか。
 この問題意識に対する悪戦苦闘の軌跡が、第二期とも言える小嶋の活動を特徴づける。俳優二人がただ力強く押し合う行為から演劇でもダンスでも日常のしぐさでもない身体行為を提示する《No Pushing》*3、不協和音の調和をコンセプトにした《250km圏内の三人姉妹》*4、そしてデタラメ語を方法に純粋な意図によるコミュニケーションを目指した《Love&Peace1・2》*5と、作品のポイントが社会問題を〈他者〉として開示する試みから、コミュニケーションのあり方の理想形を提示する試みへシフトするのである。ここから、小嶋の作品では「いかに対話するか?」が焦点となり、そのための身体・関係・発話の仕方が模索されていく。こうした模索から得られた対話の方法は、俳優に強い負荷をかけるもので、およそ日常的なコミュニケーションからはかけ離れているように見える。だが、それは大江健三郎が「あいまいな日本の私」と言ってみせたように、まわりの空気を過剰に読み込み、それを〈私の言葉〉と取り違えてしまう日本固有の未分化な主体意識に「わたしはみんなである」ではない「わたしはわたしである」をセットアップするために必要な過酷さであり、その負荷はそのまま〈対話〉を成立させる条件を明らかにする。観客は舞台で展開されるコミュニケーションから〈対話〉の方法を学ぶのだ。
 しかし小嶋はここからさらに一転する(だから小嶋作品の同伴者は困惑する)。彼はここから演技論を純粋化していく(アートにしていく)方向性をとらず、さらに第三期とも言いうる活動への移行を告げる。各作品を通じて模索された〈対話の条件〉を用いたコミュニケーションは、何らかのテーマ(語り継ぐもの・幸せ・老後etc)をめぐるコミュニケーションのモデルケースとして提示され、その上で実際に観客とそのテーマについて〈対話〉する〈ゲキジョウはゲンロンのバ〉プロジェクトがはじまったのだ。
 劇場の機能を宣言するマニフェストのような役割を担うこのプロジェクトは、作品によって〈他者〉が開示され、方法によって〈対話〉の条件が示され、実際に観客との〈対話〉の場が設えられる、三段階のステップによって、制度として押し付けられた見せかけだけの〈公共空間〉ではなく、その場で経験される具体的な〈公共空間〉を押し開く。《日本国憲法》にはじまった〈公共空間〉の仮設という課題は、螺旋状に深まり回帰した。それはもう舞台上で完結される象徴的な空間に留まることなく、〈他者〉と〈対話〉を両輪に公共が実装された現実の空間を構想するプロジェクトに結実したのである。
 
文:渋革まろん
 
250km圏内
2013年に演出家の小嶋一郎と女優・ダンサーの黒田真史が立ち上げた劇団。二人とも座・高円寺「劇場創造アカデミー」修了( 1 期生)。2015年からアトリエ劇研「創造サポートカンパニー」。「コミュニケートのあり方の理想形」を舞台上で表す作品を上演。同時に、観劇文化をつくる活動を各地で行っている。

 

*1:2009年初演

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*2:その一部は10分ほどの短編《地震の話》としてレパートリー化され、各地で上演。

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*3:2012年初演

www.youtube.com

*4:2013年初演

nearfukushima.blogspot.jp

*5:2014年初演

nearfukushima.blogspot.jp