読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

飛び地(渋々演劇論)

渋革まろんの「トマソン」活動・批評活動の記録。

『わたし達の器官なき身体』インタビュー No.0

おどられかたられるわたしたちの記憶
―死・生活・風土・連なり―

f:id:marron_shibukawa:20170321205312j:plain

『わたし達の器官なき身体』はアントナン・アルトー(1896-1948)が提示した「器官なき身体」をめぐって立本夏山と田村泰二郎のオトコフタリが〈おどりかたる〉作品です。「人間に器官なき身体を作ってやるなら、人間をそのあらゆる自動性から解放して真の自由にもどしてやることになるだろう」と語られる「器官なき身体」。ある意味では謎に満ちたこの概念を「わたし達」で、だから立本・田村の二人で引き受ける、そうして観客のまなざしへ「器官なき身体」から起こる出来事を開こうとします。
 
ところで、ふたりは〈おどりかたること〉を〈生きること〉と切り離して考えていないように思えます。
 
稽古風景を拝見しても「それじゃ、1時間やってみようか」という具合に、打ち合わせなしでいつの間にかふっと〈おどりかたり〉が、はじまる。日常の時間がそのままスーッと劇的な時間に変容していきます。そこには「作品」と「日常」の区別がまるでなく、〈生きること〉のうちに秘められた物語が「いま・ここ」に混ざり溶けあい織り込まれていくようです。ぼくたちは〈生きること〉に滞留した歴史の時間を―個人の、家族の、日本の、戦後の、人類の、風土の―目の当たりにすることになります。おどられかたられるわたしたちの記憶。
 
このインタビューは、ふたりの個人史についての聞き取りを書き起こしたものです。生い立ちから、劇・踊りとの関わり、生活や結婚、それから死について。〈おどりかたり〉とは別の回路で、滞留する歴史のページをめくる手となることを期待して編まれました。3時間超のインタビューは読みやすさに配慮して編集の手を加えていますが、なるべく語られた言葉をそのまま掲載しています。すべてのインタビューに、聞き手の渋革まろんと、田村さん・立本さんが同席。2日間、3回(+α)に分けて収録されました。
 
 
インタビューNo.1 田村泰二郎

 

インタビューNo.2 立本夏山

 

公演情報はこちら(2017年3月24日(金)〜25日(土)・中野テルプシコール)

立本夏山×田村泰二郎 「わたし達の器官なき身体」 - ホーム